タックルインプレッション

SHIMANO Tackle Impression

へらへら
[インストラクター]

TATSUYA SUGIYAMA

杉山 達也

1978年、栃木県生まれ。
03年シマノへら釣り競技会 浅ダナ・チョウチン一本勝負!優勝。シマノジャパンカップへら釣り選手権大会は05年準優勝、07年優勝、08年準優勝。 他、多数入賞。神の右手と称されるエサ合わせの妙技により、飛沫を上げ続ける姿から、人呼んで「スプラッシャー」の異名を持つ。

飛天弓 皆空(ひてんきゅう かいくう)

飛天弓 皆空(ひてんきゅう かいくう)

『普天元 独歩』をこよなく愛する私が、なぜ『飛天弓 皆空』を継ぐのか・・・。

それは「釣り竿」としての最高水準を満たす『普天元 独歩』と明らかに違う一面を『飛天弓 皆空』の中に大きく見いだしているからです。

竿には時に“「釣り師を助ける」という役目”も要求されます。『飛天弓 皆空』の主要スペックは、「軽く、強く、曲がる」という3つ。

これらが時間的余裕のないシチュエーションの下、特にトーナメントシーンにおいて別次元で性能を発揮するのです。そしてそれこそが私が『飛天弓 皆空』を継ぐ理由なのです。

誤解を恐れず言ってしまうと競技において“釣況はまちまち”です。分かりやすく言うなら“低活性のトーナメント”と“高活性のトーナメント”があり、各釣況それぞれに応じた竿を適切に選択した上で、釣果に対して貪欲に、かつ集中して勝負するのは、釣り師として賢明なことであると言えます。

そうして竿の選択を迫られたとき“高活性のトーナメント・シーン”では何が一番必要なのか?との問いが現れ、その答えが『飛天弓 皆空』にはあります。

「“高活性のトーナメントシーン”で要求されること」は、まず“ムダがない”こと。“釣られたら釣り返す”“ミス(スレ)したらすぐに回収”して“すぐに次の魚を狙う”――こうした一連の行為に必要なのは、疲労感が生じない軽さ、そしてパワー。競技用へら竿に対する考えについても、私の独断と偏見を述べるなら単に「競技用=引ける」という安直な考えではなく「競技用=操作性」と考えていただけたら分かりやすいと思います。私の言う“操作性”というのは「ポイントを荒らさず、なおかつ、ぴったり並んだ競技者間で仕掛けトラブルなどを生じさせず、魚をすんなり玉網に収められる“ブレのなさ”」です。

この竿が誤解されそうなのは「ムダがなさ過ぎ、機能的過ぎて“味のない竿”と思われてしまうことですが、そこはシマノ製品、釣りを楽しむことの心髄が活かされています。そもそも最初の設計段階から、そうしたポリシーが練り込まれているから、しっかりきれいに曲がるし、魚の動きが感じられる穂先からグリップ(手元)まで各パーツのこだわりは使う度に発見がある。

『飛天弓 皆空』に私が何を見出しているのか、それを是非実際に手に取ってみて確かめてみてください。

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登場タックル

普天元 独歩(ふてんげん どっぽ)

普天元 独歩(ふてんげん どっぽ)

『独歩』というネーミングのとおり、まさに他の追随を許さない竿であり、私が一番愛用し、一番薦められる竿です。「『独歩』を自在に操れる」ということは「釣り師としての竿の操作が高水準である」とさえ言ってもいいと私は思います。事実、先代『普天元 大我』に続き、この『普天元 独歩』には私自身が釣り師として成長させて貰ったと感じています。

そんな『普天元 独歩』の好きなところを挙げるならば“しなやかで、持っているだけでも快感を覚えるような振り調子”に“悪天候でも寸分と狂わない振り込み性能”“柔らかな調子による魚のあしらい性能”そして“竿掛に乗っているのを見ただけでも気持ちが満たされるデザインと仕上がり”であり、それらを高次元で実現させていること。まさに趣味の境地を感じさせられます。

「競技」というシチュエーションの多い私の釣りシーンにおいて、あえて競技だからこそ『普天元 独歩』を継いで挑み、それによって数多の危機から救われました。これらは枚挙にいとまがなく、易々とは語り尽くせません。

ともかく『普天元』の冠に相応しい“究極の振り調子”と“操作性”に、私が魅了されたと公言できる竿であり、そこで“なぜ、魅了されたのか?”が気になったのならば、その理由を実際に『普天元 独歩』を使って体感し、知っていただきたいと思います。

また競技“外”の世界、本来の“魚釣り”としてあるべき世界において『普天元 独歩』を無理に語る必要はありません。それは私ではなく、絞り込まれた『普天元独歩』が“魚と対話”を感じさせ、雄弁に語ってくれるからなのです。

見た目(美観)、操作性、釣り味、それらを“私の言葉”でまとめるならば「魚の動きの分かる竿」。その“魚の動きが分かる”ことが前述した“対話”です。大仰に聞こえるでしょうが、これこそ“魚とのやりとりを一番に体感でき、タナも竿の長さも問わず「全領域」においてその釣り味を体感できる竿”だということを意味しているのです。

少なくとも私は、そういう『普天元 独歩』を信じ、今日も愛用しています。