フィッシングコラム

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VOL.44 「冬季釣り場にて」

釣果震災や原発事故の影響で身動きできない状態で始まった2011年の渓流シーズンが、それなりに落ち着きを取り戻したかに見えたのもつかの間、今度は台風や記録的豪雨で破壊された流れが目立った。通い慣れた幾多の流れが無残なまでにその姿を変えたばかりか、未だにアクセスすらままならない状態が続いている地域も少なからずあるという状況。とまァ、ここまでは抗うことのできない、いつの時代でも当たり前に繰り返されてきた自然の営みと考えれば、誰を恨むでもなく、もちろん憤るようなことではないとも思えるのだが・・・・・・。

しかし、こいつだけは違うような気がするのだ。このコラムでも過去に何度かはとりあげてもいるカワウの食害だ。自然災害はある意味一過性のものだし、やがてまた自然の力によって修復されるものという意識がどこかにあるから、少なくとも『許せん』というような感情が湧くことはない。一方、カワウに占領された流れは、釣り場としての価値が失われるほどに変わってしまったケースが少なくない。そして、そんな流れが確実に増え、かつては安全地帯と考えられていた最源流までが脅かされるに至っているのだ。

カワウに限ったことではないが、生き物は生きるために様々な学習をしていて、時にはその生態を大きく変えることはよく知られている。大袈裟な見方をすればそれが進化なのかもしれない。例えば、浅瀬を歩き回ってエサをついばんでいたサギがある日深みに飛び込んで泳いでいる魚を捕らえることに成功する。最初はその一羽だけの行動なのだが、見様見真似で同じような行動をとる個体が増え、やがて群れ全体に拡がるといったように・・・・。正確なところはわからないが、一般的に論じられてきたカワウの生態も変化してきていると思わざるを得ない光景を目の当たりにすることが珍しいものではなくなっているような気がするのだ。

本来水量も少なく、魚を追い込むことのできないような水深の流れでも、探せばカワウにとっては居心地の良い場所が存在すること。あるいは彼らが必要とする飛翔空間もある程度の広さが必要故に、細流には出没しないと思われていたのだが、水面ギリギリを飛ぶことによってクリアできることを覚えてしまったように見えること。そういった意味でも、もはや多少かぶり気味の流れというだけでは、カワウの被害を担保するものではなくなりつつあるのかもしれない。また浅場のヤマメやイワナが食害を免れたとしても、その怯えようは半端ではないと想像できる。カワウが通過したとたんに渓魚の動きがピタリと止まってしまう。これが恒常的に繰り返されるとどうなるか・・・・・考えるだけでもゾッとするものがある。

間もなく新しいシーズンが幕を開けることになるのだが、そんなことを考えると、ちょっぴり気が重くもなる。かといってカワウが・・・・・とばかりも言っていられないのが現実。せめてオフの間だけでもそんなことは忘れようと、いわゆる『冬季釣り場』に足繁く通う日々が続いている。

釣果初期は渓流シーズンの引きずり感覚。季節が進めば寒さに堪えながらも、来たるべきシーズンへのクリニックも兼ねてといったところだが、渓流のF・Fを志向する釣り人にとっては、純然たる釣堀でないというところが有難い。強いて言えば、ニジマスではなくヤマメやイワナが理想だが、現行の遊魚規則や漁業調整規則に則れば仕方のないところだろう。

しかし、大型魚中心に放流している釣り場も増えているから、ヤマメ等とはまた違った魅力もある。もっとも、そんな釣り場にもあちこちに悠々と羽根を休めるカワウの姿が認められ、もはや人を恐れる素振りもないほどに馴れきっている光景には苦々しい思いが蘇ってしまうのだが、そこは食われる心配のない特大サイズのニジマスが主役。「食えるものなら・・・・・」と虚勢を張れば、こちらとしても、いくらか溜飲を下げることができるというものではある。